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プロフィール

Author:臥蛇
家族や沖縄、社会学や身の回りの現象に関して、日々悶々と考えつつ生きてます。

このブログを読んでくださるのは歓迎ですが、つらつら取り留めのない文章を書き連ねているだけのことが多く、読後に食傷感・後味の悪さを覚えることがあります。
それに関しては一切責任を負いませんので、ご了承ください。

また、ときどき大げさに自分のことを書くこともありますが、
あまり気にしないで、安心してお読みください。

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沖縄県糸満市で、
水道工事中に、不発弾が爆発したようだ。

糸満市小波蔵で水道工事中に不発弾爆発 2人が重軽傷 @琉球新報
2009年1月14日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-139848-storytopic-152.html

重機を使った工事中に爆発事故が発生し、重機オペレーターが重傷を負った事故現場=14日午前10時すぎ、糸満市小波蔵

 14日午前8時20分ごろ、糸満市小波蔵321番地付近の歩道で、建設業従業員の古波蔵純さん(25)=豊見城市宜保=が水道工事のため重機で掘削作業中、突然爆発が起こった。糸満署によると、作業中の重機が土中に埋まっていた不発弾に接触し、爆発した可能性が高いという。この爆発事故で、古波蔵さんが顔面を負傷し重傷を負ったが、意識はあり、生命に別条はないという。現場裏の老人ホームの男性入所者(75)の1人が割れたガラス片で足に軽傷を負った。午前11時半現在、ほかにけが人は確認されていない。同署と糸満市消防本部が詳しい事故原因を調べている。

 午後1時現在、けが人はほかに確認されていない。付近の住宅、寺の窓ガラスが割れるなどの被害もあった。糸満市によると、不発弾の有無などを探る工事前の磁気探査は実施していなかった。
 爆発事故を受けて市や県は現場に職員を派遣し、被害を確認。訪米中の仲井真弘多知事にも報告された。那覇労働基準監督署や経済産業省原子力・安全保安院も現場を視察した。陸上自衛隊不発弾処理隊も現場に入った。
 糸満署や県などによると、現場は糸満市発注の市道「真栄平・名城」線整備に伴う水道管敷設工事の際、重機が約1メートル掘削した地点で爆発が起きた。古波蔵さんは重機で土中の石を割り、その除去作業中だった。重機先端のドリルが触れた衝撃で、不発弾が爆発したとみられる。当時、現場付近では古波蔵さんを含め3人が作業していたという。同市道は開通していない。
 大きな爆発音が一帯に響き、黄色い煙も目撃された。古波蔵さんは南風原町の県立南部医療センターに搬送され、連絡を受けた家族が駆けつけた。
 「沖縄偕生園」では窓ガラス104枚が割れた。爆発当時、入所者の多くが食事中で、窓付近にはいなかった。爆風で付近の建物が揺れ、街灯が傾くなどの被害も確認された。
 現場では県警の捜査員約20人が実況検分し、ショベルカーや爆発してえぐれた地面を調べていた。爆発で地面が直径4メートルほどえぐれ、土や石が辺りに散らばっていた。
 県警から「爆発現場近くに信管らしきものがある」という連絡を受けた陸自が識別のため現場に入った。
 県内の不発弾事故では、1974年に那覇市小禄で園児4人が死亡、87年に那覇市長田で1人が死亡、89年に伊江村東江上で1人が死亡している。



関連記事

不発弾3万件処理全回収までに80年 復帰後36年間で @琉球新報
2009年1月14日 
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-139869-storytopic-152.html

 県内の不発弾処理件数は、1972年から2007年度までの復帰後36年間で3万24件、重量で約1758トンに上っている。07年度は781件、約25トンが処理された。近年の処理件数は年間600―800件で推移している。
 国や県、市町村などの関係機関でつくる沖縄不発弾対策協議会によると、今もなお推定で約2500トンの不発弾が地中などに残されている。不発弾処理を担当する自衛隊関係者は、すべての回収が終わるまで「約80年かかる」としている。
 不発弾処理については、土嚢(どのう)や防護壁設置など処理作業の半額を自治体が負担していたが、09年度から国の交付金などを充て、沖縄だけの特例措置として自治体の負担はゼロになる。ただし、適用は公共事業で発見された不発弾に限られ、民間工事は対象外。県や自治体は、約4割の不発弾が民間工事で見つかっているとして、民間工事への適用拡大を求めている。



未だに、沖縄では不発弾が日常茶飯事のように見つかり、
解体作業が進められて、
そのたびに避難勧告が出され、道は封鎖される。
激戦地だった私の故郷*でもよく見つかり、
私の家の近くの海で爆破処理されていることもある。

私が小学校4年生のときには、
町のシンボルである森で、不発弾の爆破によると見られる
山火事が起きた。
(当初、おじいが焚き火して延焼した、とかも言われたが。)
学校の窓にへばりついて、真っ赤に燃える森を間近に見、
好奇心と恐怖が入り混じった感覚を覚えた。
夕方になっても火はおさまらず、
家の真上を、消火用の砂を海から運ぶ自衛隊のヘリが
忙しなく行き来していた。
それからしばらく、その森は、
はげ山としての姿を痛々しくさらしていた。

今回の爆発事故は、
糸満市が、金属探査を実施しなかったことに原因があるらしい。

沖縄では、まだ戦争が続いている。
殺人兵器がごろごろ埋まっているのだ。
もちろん、収集されずに残っている戦没者の方がたの遺骨も。


*戦死率47%以上
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/06/post_17.htmlより)

【追記 2009.01.15】
負傷した古波蔵さんの容体についての記事。
かなりの重症のよう。
意識の有無が分からないというから、重体になるのかもしれない。

「予断許さない容体」 医師会見 @琉球新報
2009年1月15日 
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-139887-storytopic-152.html
 
 古波蔵純さんの容体について、県立南部医療センター・こども医療センターの下地武義院長らが14日午後、記者会見した。救命救急科の神山佳之医師によると古波蔵さんは上胸部から顔面にかけての挫滅傷が激しく重傷で「合併症が出る可能性があり、予断を許さない」としている。
 午後1時現在の古波蔵さんの状況については「呼吸や血圧、脈拍については落ち着いている」と説明している。神山医師によると古波蔵さんは挫滅傷のほかに右目の裂傷が激しく、体の前面でやけどなどの症状が見られる。意識があるかは断定できないという。


古波蔵さんが一刻も早く回復することを祈る。

一方で、信じられないことも明らかになっている。

磁気探査大半実施せず 糸満市長、慣例改め調査方針 @琉球新報
2009年1月15日
http://www.47news.jp/localnews/okinawa/2009/01/post_4383.html

 【糸満】糸満市不発弾爆発事故が発生した道路整備事業を含め、糸満市は14日、琉球新報社の取材に対し、これまで同市発注の道路整備事業では不発弾の有無を確認する磁気探査をほとんど実施していなかったことを明らかにした。市の担当者によると、戦後から現在までの市発注道路整備で磁気探査を実施したのは数件程度という。
 市は理由としてこれまで工事中の不発弾発見事例がないことを挙げているが、今回の爆発事故を受け、上原裕常市長は「事故が起きなかったので(磁気探査を実施しないままの)工事の妥当性はあったと思うが、今後はやらないといけない」と、今後は磁気探査を実施する方針を示した。
 工事は市道の一部拡幅と新規建設。爆発事故は道路整備後の配水管敷設工事中に起きた。市は道路整備や水道管工事の際、住民からの不発弾情報が事前になければ磁気探査はしてこなかった。
 今回は情報がない上に整備敷地内の約8割が固い石灰質の岩盤のため「(爆弾投下時に)地面にぶつかれば爆発し、不発でも地上に露呈するだろう」(市建設課)と想定していた。今後の道路工事について市は、不発弾の情報収集について工事前説明会での聞き取りだけでなく積極的な聞き取り調査を実施し、磁気探査も地質や不発弾の発見にかかわらず、実施する方向。



「不発でも地上に露呈するだろう」って…。
固い岩盤は下部であって、上部は土に覆われているだろうに。

ひどい。何のための磁気探査だというのだろう。
しかも、戦後ほとんどなされていなかっただなんて。

「戦争」が終わって、今年で64年になる。
遺骨も不発弾も、もうほぼ「埋まっている」状態だろう。
昔はまだよかったのかもしれないが、
時間が経っている今だからこそ、探査はますます必要であるはずだ。

実家の近くでも、相変わらず年度末の道路耕しが行われている。
もう完全に感覚がマヒしていたけれど、
そこで同じような事故が起こったら…と考えただけで恐ろしい。

感覚がマヒしていた、ということにおいては、
糸満市の放置体制だけを非難することは、できないのかもしれない。
行政だけでなく、皆が、戦争の記憶に、
もう慣れっこになってしまっていたのだから。

いつも意識的であれ、と言いたいわけじゃない。
戦争の記憶、戦後の状態に、常に意識的であれば、
皆の生活が、精神が、たちゆかなくなることもあるから。

問題は、何が常態化していたか、ということだと思う。
常態化すれば、思考が停止し、行動が自動化し、無意識に振る舞えるようになる。
それは、「生きる」ためには、時に必要なことかもしれない、と思う。

もし、「磁気探査を行うこと」が常態化していたのならば、
今回のような事故を防ぐことは、可能だったはずだ。
しかし、「磁気探査を行わないこと」が常態化していた。
被害に対して、鈍感になる方向に向かっていたのだ。

そして、もう、「常態化」に安住していい年齢層は、限られている。
戦争を体験していない年齢層の人たちは、私を含めて、
戦争体験者の「常態化」「思考停止」を、
そのまま自分の行動様式として受け入れてはならないのかもしれない。
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