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<title>千変万化</title>
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<description>移ろいゆく思考・感情を綴っていきます。</description>
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<title>ガザへの救援を呼び掛ける</title>
<description> ＢＢＣが放映を拒否した、ガザへの救援を呼び掛ける動画です。（参照：http://qianbianwanhua.blog33.fc2.com/blog-entry-154.html）Thank you.
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<![CDATA[ ＢＢＣが放映を拒否した、<br />ガザへの救援を呼び掛ける動画です。<br />（参照：<a href="http://qianbianwanhua.blog33.fc2.com/blog-entry-154.html" target="_blank" title="http://qianbianwanhua.blog33.fc2.com/blog-entry-154.html">http://qianbianwanhua.blog33.fc2.com/blog-entry-154.html</a>）<br /><br /><object width="540" height="437"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/9sydW6uC7SQ&hl=en&fs=1"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/9sydW6uC7SQ&hl=en&fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="540" height="437"></embed></object><br /><br />Thank you.<br /> ]]>
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<dc:subject>ガザ</dc:subject>
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<dc:creator>臥蛇</dc:creator>
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<title>【お知らせ】妙木忍さん『女性同士の争いはなぜ起こるのか』ご刊行　＆　第12回ジェンコロ　書評セッション（12月9日）のお知らせ</title>
<description> 私の尊敬する先輩、妙木忍さんが、博論をまとめたご著書を、青土社よりご刊行されました。以前から存在していた「主婦論争」のその後、を追った、ワクワクするような（そして膨大な資料に圧倒される）言説分析に魅了されます。ぜひ、手に取ってみてください。また、12月9日、ジェンコロの書評セッションも催される予定となっています。下のご案内もぜひご覧ください。女性同士の争いはなぜ起こるのか 主婦論争の誕生と終焉(2009/10
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<![CDATA[ 私の尊敬する先輩、妙木忍さんが、<br />博論をまとめたご著書を、青土社よりご刊行されました。<br />以前から存在していた「主婦論争」のその後、を追った、<br />ワクワクするような（そして膨大な資料に圧倒される）言説分析に魅了されます。<br />ぜひ、手に取ってみてください。<br />また、12月9日、ジェンコロの書評セッションも催される予定となっています。<br />下のご案内もぜひご覧ください。<br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791765036/fc2blog-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41LSq2f4qTL._SL160_.jpg" alt="女性同士の争いはなぜ起こるのか 主婦論争の誕生と終焉" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4791765036/fc2blog-22" target="_blank">女性同士の争いはなぜ起こるのか 主婦論争の誕生と終焉</a><br />(2009/10/22)<br />妙木忍<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791765036/fc2blog-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br /><br /><span style="color:#006633"><blockquote><p>「本書では、一九五〇年代の主婦論損から二〇〇〇年代の「負け犬」論までを、一本の線で結んで、戦後主婦論争史に位置づけてみたい。というのも、女性の生き方の選択をめぐる論争の「かなめ」には、主婦をめぐる問いがあるのではないかと思うからである。」（9-10）<br />「女性同士の争いを研究することは一見、女性同士の分断をあつかうように見えるだろう。たしかにそういった一面もある。けれども、女性同士の争いの奥に見えるのは、市場労働と家事労働のあいだで揺れ動くことを余儀なくされてきた女性たちの共通点である。」（10）<br />「女性が抱く葛藤はどこから来ているのか？女性同士の争いは、時代や論点の変容を遂げながらもなぜくりかえされるのか？その葛藤は、決して個人的な葛藤などではなく、各時代の背景と女性が置かれた位置に関係しているということを、歴史的に明らかにしてみたい。」（11）<br />　　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size:x-small;">「序」『女性同士の争いはなぜ起こるのか　主婦論争の誕生と終焉』</span></p></blockquote></span><br /><br />＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br />2009年度　第12回ジェンダーコロキアム<br /><br />日時：<span style="font-size:large;">2009年12月9日（水）18:40-20:30</span><br />場所：<span style="font-size:large;">東京大学法文1号館315号室（本郷キャンパス）</span><br /><br />書評セッション<br />妙木忍2009『女性同士の争いはなぜ起こるのか　主婦論争の誕生と終焉』青土社（2600円＋税＝2730円、上野研究室で著者割引にて2200円）<br />帯：女たちを分断する「主婦」の呪縛は解けるのか？「主婦論争」研究の画期的成果。上野千鶴子<br />コメンテーター：熊坂礼子（くまさか　れいこ）／大和田未来(おおわだ　みき)<br /><br />本書の紹介：<br />生き方の選択をめぐる女性同士の争いをテーマに、3次にわたる主婦論争から、1980年代のアグネス論争、1990年代の専業主婦論争、2000年代の「負け犬」論争までを一本の線で結んで、戦後主婦論争として分析。女性のライフコース選択をめぐる論争の「かなめ」には主婦をめぐる問いがあると考え、主婦をキーワードとして、女性たちが時代をこえて受け継いできた論点に迫る。女性が抱く葛藤はどこから来ているのか？女性同士の争いは、時代や論点の変容を遂げながらもなぜくりかえされるのか？その葛藤は、決して個人的な葛藤などではなく、各時代の背景と女性が置かれた位置に関係しているということを、歴史的に明らかにしようとした著作。<br /><br />著者自己紹介：妙木忍（みょうき　しのぶ）<br />1977年高知県生まれ。高知大学教育学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程・博士課程修了。博士（社会学）。専門はジェンダー研究と観光研究。2006年度北海道大学観光学高等研究センター学術研究員。現在、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所ジュニア・フェロー。主な共著として『新編　日本のフェミニズム　3　性役割』（岩波書店、2009）、『観光の空間』（ナカニシヤ出版、2009）ほか。近刊として『フェティシズム研究　3　侵犯する身体』（京都大学学術出版会、2010年2月）。本書に関連する著者の論文は末尾に記載。女性同士の対立を研究したくて京都から東京に来ました。<br /><br />コメンテーター自己紹介：熊坂礼子（くまさか　れいこ）<br />山形大学人文学部卒業後、私立高校の社会科の教員として４年間働きましたが、職場の同僚と結婚し、退職しました。その後24年間は主婦役割を最優先させて暮らしてきました。50歳になった頃、父が事故で障害者になり、それをきっかけに家族の問題が表面化しました。その時に自分の主婦役割について疑問を持ちました。4年前に上野先生と出会い、『サヨナラ学校化社会』や『家父長制と資本制』などを読んで、ようやく同志にめぐり会ったと思いました。現在主婦の当事者研究をしています。『女性同士の争いはなぜ起こるのか』を読んで、待ち望んでいた主婦論についに出会ったと思いました。<br /><br />コメンテーター自己紹介：大和田未来(おおわだ　みき)<br />東京学芸大学教育学部幼稚園教員養成課程卒業。８年かけて大学を卒業！現在、東京大学社会科学研究所学術支援職員。先生や友人など、理解し、見守ってくれる人に恵まれました。その環境の大切さを実感します。私を離さない問題と向き合いたくて、現在上野ゼミでお世話になっています。当日は、当事者性と降りられなさ、自分自身のポジショナリティについて、また、シングルマザーという、婚姻制度を選ばなかった自分自身の立場から見えてくる「主婦」の立場について考えていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。<br /><br />目次：<br />序<br />第１章　「主婦論争」の誕生<br />１　「主婦論争」の誕生<br />２　一九八〇年代以降の論争<br />３　主婦論争を再定義する<br />４　女性たちの共通点――比較の基盤<br />５　女性と男性のあいだの非対称性と女性同士の分断<br />６　規範が変化しても変化しないもの<br />７　女性同士の争いを読み解くために<br />第２章　前史としての主婦論争<br />１　第一次主婦論争――主婦は外で働くべきか？<br />２　第二次主婦論争――家事労働はなぜ経済的価値を生まないのか？<br />３　第三次主婦論争――主婦の正統性を正当化する<br />４　性役割規範をめぐる女性間比較<br />５　既婚女性が主役だった論争<br />第３章　第四次主婦論争（アグネス論争）<br />１　社会史的背景――働く母親の増加<br />２　アグネス論争――子連れ出勤は是か非か？<br />３　アグネス論争をどう読み解くか<br />４　ライフコース比較言説の登場――山口百恵・松田聖子・アグネス<br />５　職場神聖論<br />６　羨望と嫉妬のあいだで――相対的剥奪感<br />７　ねづよく残る性役割規範<br />第４章　第五次主婦論争（専業主婦論争）<br />１　社会史的背景――マイノリティ化する専業主婦<br />２　前史――社会学者らによる専業主婦論<br />３　主婦役割全面否定論と主婦役割全面肯定論の対立<br />４　ライフコースの多様化の容認をめぐって――石原論と林論の対照性１<br />５　女性の自己利益の優先の是非をめぐって――石原論と林論の対照性２<br />６　石原論と梅棹論<br />７　第六次主婦論争への助走<br />８　石原論の歴史的意義と盲点<br />９　専業主婦の階層分解を目前にして<br />第５章　第六次主婦論争（「負け犬」論争）<br />１　社会史的背景――広がる女性間の経済階層格差<br />２　論争者のいない論争<br />３　規範が失われた論争<br />４　「勝ち犬」と「負け犬」の共通点<br />５　「負け犬」論争がもたらしたもの<br />６　「ありのまま」を肯定して生きる<br />第６章　主婦論争の通時的分析<br />１　主婦論争のまとめ<br />２　第一の断絶――準拠対象の変容（第一次～第三次、第四次～第六次）<br />３　第二の断絶――争点となる規範の変容（第一次～第五次、第六次）<br />４　第三の断絶――女性の意識の変化（第一次～第四次、第五次～第六次）<br />５　主婦論争の断絶から見えてくるもの<br />６　女性同士の争いがくりかえされるのはなぜか<br />７　新たな問い――規範解体以後も終わらない論争<br />第７章　主婦論争のゆくえ<br />１　ライフコースの多様化「以後」の主婦論争<br />２　女性間を分断する規範のゆくえ<br />３　女性同士の争いはどこへいくのか<br />注<br />参考文献<br />引用文献<br />あとがき<br />索引<br /><br />本書に関連する著者の論文：<br />妙木忍(2003a)「比較準拠集団としての女性」『ソシオロゴス』27号<br />妙木忍(2003b)「女性間の対立と葛藤――アグネス論争の言説分析――」東京大学大学院人文社会系研究科社会学専門分野修士論文<br />妙木忍(2005a)「新聞報道に埋め込まれた性別役割分担――アグネス論争における国会報道を事例として」『年報社会学論集』18号<br />妙木忍(2005b)「女性をめぐる性役割の葛藤処理法の変遷――1950年代から1980年代の主婦論争に焦点を当てて――」『ソシオロゴス』29号<br />妙木忍(2006a)「女性間の対立と葛藤はなぜ生じるか――『主婦論争』と『アグネス論争』を手がかりとして――」『Sociology Today』15号<br />妙木忍(2006b)「ライフコースの多様化が生み出す女性間比較――『アグネス論争』の言説分析――」『女性学』13号（2009『新編日本のフェミニズム　3　性役割』岩波書店に抄録）妙木忍(2009)「ライフコースの多様化が生み出す女性間の対立と葛藤――戦後『主婦論争』を通して――」東京大学大学院人文社会系研究科社会学専門分野博士論文 ]]>
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<dc:subject>お知らせ</dc:subject>
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<title>【お知らせ】北村毅さんご単著『死者たちの戦後誌――沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶』ご刊行のお知らせ</title>
<description> 私の大切な友人（と勝手に言ってもいいのかな。汗）の、北村毅さんが、9月中旬に、ご単著『死者たちの戦後誌――沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶』をお出しになりました。死者たちの戦後誌―沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶(2009/09)北村 毅商品詳細を見る以下、北村毅さんからのご案内です。＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝このたび、私の初めての単著が刊行されましたので、ご案内させていただきます。　　北村毅『死者たちの戦後誌――沖
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<![CDATA[ 私の大切な友人（と勝手に言ってもいいのかな。汗）の、<br />北村毅さんが、9月中旬に、ご単著<br />『死者たちの戦後誌――沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶』をお出しになりました。<br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4275008448/fc2blog-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51CCV4U8b1L._SL160_.jpg" alt="死者たちの戦後誌―沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4275008448/fc2blog-22" target="_blank">死者たちの戦後誌―沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶</a><br />(2009/09)<br />北村 毅<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4275008448/fc2blog-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br />以下、北村毅さんからのご案内です。<br />＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br /><blockquote><p><span style="color:#339900">このたび、私の初めての単著が刊行されましたので、ご案内させていただきます。<br /><br />　　<strong>北村毅『死者たちの戦後誌――沖縄戦跡をめぐる人びとの記憶』御茶の水書房刊</strong><br />　　定価4,200円（税込み）　Ａ５判上製／432頁＋口絵12頁<br />　　<a href="http://www.ochanomizushobo.co.jp/cgi-bin/menu.cgi?ISBN=978-4-275-00844-2" target="_blank" title="http://www.ochanomizushobo.co.jp/cgi-bin/menu.cgi?ISBN=978-4-275-00844-2">http://www.ochanomizushobo.co.jp/cgi-bin/menu.cgi?ISBN=978-4-275-00844-2</a><br /><br />　本書の内容を簡単に申しますと、そのテーマは、沖縄戦による「戦死の後」ということになります。<br />　本書で私が考えたかったのは、死後に「戦死者」と呼ばれるようになった人びとが、どのように扱われ、埋葬され、悼まれ、記憶され、語られてきたのか、といったことです。<br />　〈戦死〉という一個人にとっての「おわり」が、生き残った人びとにとって決して「おわり」ではなく、長い〈その後〉があったということを出発点として、戦場で失われた命をめぐる戦後六十数年の人びとの歩みをたどったのが本書です。<br />　目次は、下記のとおりです。<br /><br />【目次】<br />はじめに──戦死というグラウンド・ゼロ<br />序　章 「戦後」と「戦死後」<br />第１章　さまよえる遺骨──戦死者が「復帰」する場所<br />　　　　　　戦後沖縄の原風景／「祖国復帰」と遺骨／遺骨のゆくえ／戦死者遺骨の「日本復帰」<br />第２章 「復帰」へといたる「病」──ひめゆりの塔と「沖縄病患者」<br />　　　　　　「沖縄病」とひめゆりの塔／ひめゆりと「祖国復帰」／「沖縄病患者」とバスガイド／ほか<br />第３章 「父」を亡くした後──遺児たちの戦跡巡礼と慰霊行進<br />　　　　　　遺族会青年部と沖縄／戦跡という学びの場／戦死者へ、「祖国」へ／ほか<br />第４章　戦死者の魂（マブイ）が語り出すとき──戦後沖縄の心象風景<br />　　　　　　ある「カミンチュ」が語る戦後／戦死者の魂のゆくえ／ほか<br />第５章　風景の遺影──摩文仁の丘の戦後<br />　　　　　　平和の礎と「沖縄のこころ」／死者の名を刻む／ほか</span></p></blockquote><br /><br />＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br />北村さんは、私が最も尊敬する、「沖縄の語り」研究者の方です。<br />ひとつひとつ丁寧に、しかし妥協を許さず的確なことばを紡いで<br />沖縄をみつめるそのまなざしに、いつも感銘を受けています。<br />（「夕鶴」のように、自分のすべてを論文に織り込んでいくよう*で、<br />北村さんは本当にガリガリなんです。）<br /><br />「戦死の後」という視点に、ハッとさせられる思いでした。<br />「戦死の物語」はすでに、戦死者自身の物ではない。<br />その手を離れ、魂からも離れ、<br />その人の周りの、もしくは全く関係ない他者の、<br />「語る人の物語」として、「戦死」が新たに生まれ変わるのかもしれない。<br />そう気付かされました。<br />（まだ読んでないのに偉そうにすみません。。）<br /><br />また、これは「戦死者」を語る「私たち」の物語であることを肝に銘じて、<br />つまり、他人事ではなく、語り部として当事者性を引き受けて<br />このご本に向き合わなければならないと思いました。<br /><br />「沖縄」を語るとき、「戦死者」を語るとき、<br />私たちは私たちの「戦死者の物語」を紡いでいるのだということ。<br />それを忘れてはいけないと、<br />まだご本を手にしていない前から、緊張しています。<br /><br />皆さんにもぜひ、読んでいただきたいと思います。<br /><br /><br />北村さんにお会いして、サインをもらうのが楽しみです☆<br /><br />＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br />2009年10月4日に北海道新聞掲載の、北村毅さんへのインタビュー記事です。<br /><a href="http://www5.hokkaido-np.co.jp/books/backnum.php3?page=20091004/index.html&amp;n=2" target="_blank" title="http://www5.hokkaido-np.co.jp/books/backnum.php3?page=20091004/index.html&amp;n=2">http://www5.hokkaido-np.co.jp/books/backnum.php3?page=20091004/index.html&n=2</a> <br /><blockquote><p><span style="color:#336600">「死者たちの戦後誌」を書いた　北村毅（きたむら・つよし）さん <br />　７年前、著者は沖縄戦の戦場となったガマ《自然洞窟（どうくつ）》に初めて足を踏み入れた。完全な暗闇に身を置くと、戦死者がどのように死に、死後どう扱われてきたのかという疑問が浮かんできた。その後、計１９回に上る沖縄での調査をもとに、「戦死後」という新たな視点から戦死者亡き後の６４年間を追った。<br /><br />＜個々の生と痛みに寄り添う＞<br /><br /> 　「多くの人びとが戦死者を抱えながら生きてきたという意味で、戦後とは『戦死後』の時代でした。戦死者一人一人には名前があって、生きざま・死にざまがあったのに、これまで戦死した個々人に向き合う作業は十分だったとは言えません」<br /><br />　沖縄住民を巻き込み、「集団自決」にも追い込んだ地上戦の終焉（しゅうえん）の地「摩文仁（まぶに）の丘」。この丘を中心とした喜屋武（きゃん）半島一帯は戦死者を慰霊する「霊域」として整備されてきた。１９７２年の沖縄の日本復帰へ進む中、各都道府県が競い合うように慰霊碑を建てた。慰霊碑の碑文は「平和」「繁栄」など、敗戦の記憶ではなく日本の戦後復興を強調する文言が刻まれた。<br /><br />　「生者は自分たちの戦後の歩みを肯定するために死者を利用してきた側面があります。戦死者は国のために犠牲になった人たちという一塊（ひとかたまり）の集団に括（くく）られ、個々の死の背景にさまざまな生があったことは置き去りにされました」<br /><br />　一方、沖縄戦体験者の大田昌秀・元沖縄県知事は「平和の礎（いしじ）」を建設し、沖縄戦による戦死者すべての名前を刻んだ。著者は次の作業として「礎」にある名前の一人一人がどこでどんな死に方をしたかデータベースに記録していくことが必要ではないかと言う。「今、戦争というと、みんな自分の死を想定できないまま発言しています。死んだ場所も自分の名前も伝えられないで死んでいく苦しみや、残された者たちの無限の心の痛みを想像できなくなっている。そのためにも死に様を記録し、戦場で、戦争の後で何が待ち受けているか考えていきたい」<br /><br />　沖縄戦での「本土」出身戦死者のおよそ６人に１人が北海道出身者。旭川市出身の著者は、道内の沖縄戦体験者や遺児と交流を続けてきた。５年前、北海道の遺族による遺骨収集団に同行した時、バスのラジオから、父を戦争で失った遺児の悲しみを歌った「さとうきび畑」の曲が流れてきた。「『ざわわ　ざわわ』の歌詞と同時に車内は静まりかえり、誰も一言も話さない。遺児一人一人が抱えてきたものの重さに胸を打たれました」と振り返る。<br /><br />　現在、早稲田大学高等研究所准教授。３５歳。<br /><br />（御茶の水書房　４２００円）<br /><br />東京社会部　伴野昭人</span><br /> </p></blockquote><br /><br />そして、2009年10月6日づけ中日新聞掲載の、「自著を語る」での、北村さんの記事です。<br /><a href="http://s02.megalodon.jp/2009-1022-0020-24/www.tokyo-np.co.jp/book/jicho/jicho20091006.html" target="_blank" title="http://s02.megalodon.jp/2009-1022-0020-24/www.tokyo-np.co.jp/book/jicho/jicho20091006.html">http://s02.megalodon.jp/2009-1022-0020-24/www.tokyo-np.co.jp/book/jicho/jicho20091006.html</a><blockquote><p><span style="color:#339900">■自著を語る<br />2009/10/06<br />  死者たちの戦後誌<br />北村毅さん<br />（早稲田大学高等研究所准教授）<br />きたむら・つよし　１９７３年北海道生まれ。早稲田大学人間科学研究科博士後期課程修了。博士（人間科学）。文化人類学、民俗学、近現代日本社会論。沖縄や旅順の戦跡を対象に日本の近代化や戦後について考えている。<br /><br />■『戦死後』の痛みを知って<br />　沖縄戦の戦場となったガマ（自然洞窟（どうくつ））の中に初めて入ったときのことは忘れられない。その完全な暗闇の中で、私が考えていたことは、この中で死に場所さえ伝えられず死んでいった人びとのことであった。そこから本書の研究は始まった。<br /><br />　研究を進めていくうえで、次第に私は、戦場で戦死した人びとがどうなってしまったのかが気になってきた。人びとが戦場へと動員されていった過程に関する研究は多い。戦場で死んでいった人びとの様子を克明に伝える体験記録も数多く存在する。しかし、戦場で死んでいった戦死者の＜その後＞を教えてくれる研究や記録は少なかったので、自分で一つずつ調べていくよりほかなかった。<br /><br />　彼らは、その死後、どのように扱われ、埋葬され、悼まれ、記憶され、語られてきたのか。これらの問いかけを出発点として、全国各地で沖縄戦体験者や遺族から話を聞き、沖縄の戦跡を歩き回り、戦死の＜その後＞、すなわち「戦死後」をたどったのが本書である。<br /><br />　多くの人びとが戦死者を抱えながら生きてきたという意味で、戦後とは「戦死後」の時代だった。「戦死後」とは、戦争で身近な存在を喪（うしな）った人びとの痛みでもある。これまでの思想家や政治家を主役とする戦後史においては、この痛みが置き去りにされることが多かったように思う。本書を通して、戦死者を抱えて生きてきた人びとの戦後の歩みについて多くの方々に知っていただきたい。<br /><br />　住民を巻き込んだ地上戦が展開された沖縄の島々では、戦跡は人びとの生活圏と重なっている。決して無人の荒野が戦場になったわけではない。人びとが暮らしている場所が戦場となって、命を落としていった者がいるということである。そして、戦後も、遺骨や不発弾が埋没した地に人びとは暮らし続けた。<br /><br />　遺骨収集の現場では、地下の暗闇の中に埋もれた骨片に触れる機会が何度もあった。こうした名も知れぬ骨の持ち主が、人知れずどんなふうに死んでいったのか、私はそこから自分の死へと思いいたる想像力を読者と分かち合いたいと思う。</span></p></blockquote><br /><hr size="1" />*勝方＝稲福恵子先生（早稲田大学琉球沖縄研究所所長）がそうおっしゃっていたのを思い出します。 ]]>
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<dc:subject>お知らせ</dc:subject>
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<title>同じ現象を見ているのに</title>
<description> ネットでも現実の世界でも、日々、自分とは異なる意見に触れ、同じ現実を見ているのに、如何に自分がフィルターを通してものを見ているのかもしくは何も見えていないかを痛感させられる。ときに、その感覚は、危機感と相まって、身体的な痛みを伴う。今回は、後頭部。私の一挙手一投足も、おそらく他の人から見れば眉間に皺ものなんだろうな。
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<![CDATA[ ネットでも現実の世界でも、<br />日々、自分とは異なる意見に触れ、<br />同じ現実を見ているのに、如何に自分がフィルターを通してものを見ているのか<br />もしくは何も見えていないかを<br />痛感させられる。<br /><br />ときに、その感覚は、危機感と相まって、<br />身体的な痛みを伴う。<br />今回は、後頭部。<br /><br />私の一挙手一投足も、おそらく他の人から見れば<br />眉間に皺ものなんだろうな。 ]]>
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<dc:subject>気まぐれ</dc:subject>
<dc:date>2009-11-25T02:31:13+09:00</dc:date>
<dc:creator>臥蛇</dc:creator>
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<title>くたばれ就活！</title>
<description> 北海道で、こんな面白いデモがあったようです。そういえば、最近、早稲田でもあったような。就活に不満、学生がデモ　札幌中心部で　＠北海道新聞200911024　06:24http://s02.megalodon.jp/2009-1124-0934-50/www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/201677.html就職難に苦しむ札幌の大学生らによる「就活くたばれデモ」が２３日、札幌市の中心部で行われ、リクルートスーツ姿の学生が年々早まる就職活動への不満や求人増を訴えた。 　
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<![CDATA[ 北海道で、こんな面白いデモがあったようです。<br />そういえば、最近、早稲田でもあったような。<br /><br /><blockquote><p><span style="color:#339900">就活に不満、学生がデモ　札幌中心部で　＠北海道新聞<br />200911024　06:24<br /><a href="http://s02.megalodon.jp/2009-1124-0934-50/www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/201677.html" target="_blank" title="http://s02.megalodon.jp/2009-1124-0934-50/www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/201677.html">http://s02.megalodon.jp/2009-1124-0934-50/www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/201677.html</a><br /><br />就職難に苦しむ札幌の大学生らによる「就活くたばれデモ」が２３日、札幌市の中心部で行われ、リクルートスーツ姿の学生が年々早まる就職活動への不満や求人増を訴えた。 <br /><br />　デモには、就職先が決まっていない北大の４年生や大学院生ら約２０人が参加。「面接多すぎ」や「既卒を差別するな」と書かれたプラカードを持って、「生きるための仕事をよこせ」などと叫びながら、約１時間練り歩いた。 <br /><br />　馬のマスクをかぶった学生が「内定」と書かれたニンジンを追いかけるなど、就職活動の現状をちゃかすパフォーマンスも。 <br /><br />　デモを呼びかけた北大文学部４年の男子学生（２１）は「大学は就職のための予備校ではない。厳しい就活の現状を分かってほしい」と話した。</span> </p></blockquote><br />これが、単なる内定者に対するルサンチマンだと取られないことを願います。<br />そう取られてしまうと、就活生同士の対立だと思われかねず、就活生を分断して終わりになってしまう。<br /><br />就活批判を通した、この企業文化という構造そのものに対する抗議だということが伝わればいいのですが。 ]]>
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<dc:subject>時事問題</dc:subject>
<dc:date>2009-11-24T09:43:24+09:00</dc:date>
<dc:creator>臥蛇</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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